修理工場からの連絡

事故から数日後、ディーラーから依頼されたという修理工場から連絡があった。
指定された住所に向けて代車のパッソを走らせた私、着いたのは八戸市でも郊外に近い場所にある修理工場。

店内に入ると、そこの社長が出迎えてくれた。
まずは身体のことを心配してくれたが、次の言葉に私は耳を疑った。
「あんなひどい渋滞はなかなかみない…よく命がありましたね」
命を落としていてもおかしくはないぐらいの車の損傷だったと、私はこの時初めて知った。

詳しい状態を聞く前に、車を見せてもらうことになった。
納車から一月も経っていないパレットは、見るも無残な姿に変わっていた。

前から見た時にはそれほど損傷は感じられなかった。前の車に玉突きした時についたであろうへこみはあるが、わりと原型をとどめているように見えた。
しかし近づいて運転席側に回ると、その被害の大きさがまざまざと見せつけられる。
右後ろのスライドドアが前に飛び出し運転席のドアを覆い尽くさんばかりの状態。運転席を開けるとギリギリ、本当にギリギリで運転席ドアが開いた。
中に入ると運転席のシートが倒れている。横のレバーを引いてもシートは起き上がってこない。手でシートを起こしてみるが、何の引っ掛かりもなくまた後ろに倒れていく。
外に出て車の後部に回る。そこは大きく潰れてひしゃげているといえばいいのか…元々跳び箱のような台形の後ろ姿で個人的にそこが気に入っていたのだが、形が変形してしまい惨めな姿となっていた。
どのようなぶつかり方をしたらこのようになるのか、ボディーの右後ろにはソフトボール大の穴が空いており、そこから右後輪のタイヤが覗いている。
説明を聞く前に、私の頭の中にはある結論が浮かんでいた。
「廃車にするしかない…」
その結論は間違ってはいなかったようだ。

店内に戻った私に、社長が説明をしてくれた。話を要約すると、

全てのパーツを交換しフレームを叩き直せば修理できないことはない。
しかしそれで次の車検に通る保証はできないほどフレームが歪んでいる。
パーツ代だけでも100万円ぐらいになるだろう。
あれだけのダメージをフレームに負っているので、不具合が出る可能性がある。
あれだけひどい状態は滅多にない。新車を買ってもらう方がいいし、それが叶わないならばあまりにも可哀想過ぎる。

とのことだった。
「あぁ…商売で修理することもためらうほど酷い事故を負わされたんだ…」
と私は思った。「これは絶対に相手に新車を買い直してもらうべきだ、そうでなければ悲惨すぎる」社長は最後までそう言っていた。

医者も含めて周りから「軽症だ」と言われ続け、それなのにこんなに痛みを覚えている自分は間違っているのだろうかと、卑怯者だろうかとここ数日悩んでいた私は、この時に初めて自分が間違っていないかもしれないと考えるようになった。

あの日あの場所にいた理由

あの日、事故に遭った現場にいた理由は、車関係の本人確認郵便を郵便局に取りに行くためだった。

あの日、私は夜8時から仕事を控えていた。
自宅で郵便受けに入っていた不在通知に気付いた私は、八戸郵便局へと車を走らせた。
八戸市城下の国道45号線マクドナルド付近の交差点から八戸郵便局に行く途中、現在くら寿司が建っている場所の前で信号待ちをしていた。
そこで事故に遭った。

その車は事故の半月ほど前に納車されており、車種はスズキのパレット。パレットが販売開始された始めの方の1台であり、まだ初回のローン支払いも終わっていない段階だった。

前車はたしか平成8年式のワゴンR RV 4WDターボで、11年近く乗っていた車だ。
実は私は祖父母の介護をしていた。あの時していた仕事につく前の2年間ほどの間で、ちょうど店舗閉店により仕事が途切れた私に白羽の矢が立った形で、毎日祖父母の家に行き様々な用事をこなし、食事や身の回りの世話をしていた。

貯金も無く、実家が出してくれる僅かなお金で2年間騙し騙し使っていたワゴンRは、2008年時点でもはやボロボロで、車検を通すにもかなりの金額が必要なことが予想できた。
そして職についたとはいえ、平日の昼には祖父母を病院に連れていかねばならない私は、車の購入を考えていた。
その用途にと考え、当時デビューしたてのパレットの購入を決めた。決め手は後ろのスライドドア、これならかかりつけの病院前の狭い道路での乗り降りも楽にこなせる、という理由だ。

そのような理由で買ったパレットが納車からわずか半月で事故に遭った。しかもそのパレット関連の書類を受け取るために郵便局に向かう途中での事故であったこと、今でも複雑な気持ちで思い返す。

もしパレットを購入していなければ?
事故に遭わずに済んだのか?
いや、別の車種でも同じ結果だったかもしれない…
むしろ新車のパレットだったから命が助かったのかもしれない…
ワゴンRであればもしかしたら…いや、そもそも車を買わなければこんな目にも遭わなかったのでは?

そんなことを何度も何度も考えた…考えても考えても何も変わらないのに…

せめてもの救いは、あの日は祖父母を乗せていなかったことだ。
祖父母を乗せる時にはいつも後部座席に乗せていた。
後部座席が変形し、スライドドアが運転席ドアの開閉を妨げる寸前まで押しやられたあの事故、祖父母を乗せていたならばあ間違いなく二人の命を奪われていたと思う。
そんなことにならなかったことだけは、本当に良かったと思っている。

教職員共済の新たな担当者からの電話

加害者の任意保険、教職員共済から連絡が来た。
前回はいきなり『90万円しか出さない』『現場にいたあなたも悪い』というような口調だったが、今回は物腰が柔らかい人からの連絡だった。

教職員共済「この度は事故に遭われ、またこちらの担当が失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。」
私「何しに電話してきたんですか?事故現場にいた私が悪くて、状況も見ないで初めから決めたことだけやるのでしょ?」
教職員共済「いえいえ、そんなことはございません。担当がなぜあんなことを言ったかは分かりませんが、私が新しく担当になったので安心してください」
私「分かりませんって…保証とかはしてくれるんですか?」
教職員共済「もちろんです。治療費も当然出しますし、代車もご用意します。そのほかの損失も対応いたします。さしあたってお困りのことはないですか?」
私「…眼鏡がないんですよ」
教職員共済「え?」
私「事故直後に無くなっていて、今はスペアの古い眼鏡を掛けてるんですが、困っているんですよね」
教職員共済「分かりました…えっと…幾らぐらいになりますか?」
私「なくした眼鏡は昔作った時で7〜8万円ぐらいでしたけど」
教職員共済「え!?そんなに高いんですか!?!?」
私「そうは言われても実際その値段で玉屋(眼鏡屋)で買いましたよ。フレームとレンズでそのぐらい」
教職員共済「いや〜…困りますね…そんな高い眼鏡はちょっと…」
私「え?対応するって言ってませんでしたか?」
教職員共済「いやぁ…うちにも、出せる金額があるんでね…」
私「加害者は保険が全て保証してくれると言ってましたけど?」
教職員共済「…しかしこちらも規定がありますので…」
私「つまり保証してくれないってことですか?」
教職員共済「そうではなくってですね…車は全額保証出来ると思いますが、それ以外には限界があるんで…」
私「じゃあいくらなら眼鏡を買っていいんですか?」
教職員共済「そうですね…なんとか5万円でお願いできませんか…」
私「…分かりました。とりあえず玉屋に行ってみてその価格で何とかなるか相談してみます」
教職員共済「ありがとうございます。ところでお身体はいかがですか?」
私「日赤(八戸赤十字病院)で診てもらいましたが、軽症で1週間休めばいいと言われていますが…」
教職員共済「良かったじゃないですか!不幸中の幸いですね!!」
私「でも私は痛いんですよ。左腕は痺れてよく動かないし、昨日より悪くなってるし…」
教職員共済「でも医師がそう言ってるんですから間違いないです」
私「でも実際動かないんだから生活に困ってます」
教職員共済「医師が言ってるんですからよくなりますよ…ところでお仕事は?」
私「1週間も休めば良いと言われているので…どんどん悪化してるとしか思えませんが…」
教職員共済「まぁまだ事故に遭ったばっかりですのてね…まずは代車をご用意しますよ。なければ不便ですよね?」
私「不便ですけど…そもそも運転できる状態じゃないので…」
教職員共済「軽症とのことですので、すぐに慣れますよ。とりあえずそちらのディーラーさんはどこですか?」
私「スズキです」
教職員共済「分かりました。そちらに連絡して代車を用意してもらうように致します」
私「事故の状況はご存知ですか?」
教職員共済「いえ、まだ警察の取り調べが終わってませんので…事故に遭われた車の状態も分かり次第対応しますので」
私「最初にいきなりこちらのせいだ、みたいに言われてますので、簡単には信用できませんよ…」
教職員共済「そこはもう安心してください」

このような流れで二人目の教職員共済の担当とのやり取りは終わった。

この時私は、この担当の話しぶりが優しく対応も丁寧に思えて、少しだけ期待していた。
まともに対応してくれるものだと。
だが残念ながら口先だけだと、後に知ることとなる。

ドライブレコーダーを付けた方がいい

私が今運転している車には、ドライブレコーダーを装備している。
楽天市場で購入した1万円弱のミラー装着タイプで、前後同時録画出来るタイプだ。

私が初めてドライブレコーダーの存在を知ったのは、Witnessという製品がキッカケだった。
事故の数年前で、今からだと10年以上も前のことになるが、テレビか何かで事故の衝撃でその前後の動画を保存するというWitnessの仕様に、とても興味を覚えたことを思い出す。

私は事故当時ドライブレコーダーを装着していなかった。というのも、当時は安価に入手可能な商品が存在しなかった。
前出のWitnessがたしか5万円ほど、他の製品も軒並み数万円で、手が出なかったのだ。

私が被害を受けた交通事故は6台玉突き事故で目撃者も多数おり、加害者も逃走できない状況であったために録画映像などなくとも困らなかったが、これが加害者と被害者以外に目撃者もいないような事故であったならどうなっていたかと、不安になる。

残念ながら、人は嘘をつく。
曖昧な記憶、という意味だけでなく、自分が得するためなら相手を貶めても構わないという人は、残念ながら存在する。
だからその時のために、ドライブレコーダーを装着していない人はぜひ装着して欲しい。

自分が事故に遭ったときのために、周りで事故が発生した時のために、そして自分が事故を起こした時のためにも、客観的な事実を記録してくれるドライブレコーダーを用意しておいて欲しい。

過失がある人はその報いを受けるべきだし、そうでない人が虐げられるのは嫌だから。

エンジンスターターや電装品や内装品、などにお金をかけるよりも、まずはドライブレコーダーを購入して欲しい。
それで防げることが実際にあるのだから。

教職員共済からの最初の連絡

たしか事故の翌々日だったと思う。
加害者の加入している教職員共済から連絡があった。
そこで以下のようなやり取りが繰り広げられた。

教職員共済「うち方は90万しか出しませんから?」
私「はい?いきなりなんですか?」
教職員共済「いやだから、うち方は90万円までしか出せませんから」
私「はい?えっと…事故の状況とか分かってますか?」
教職員共済「そんなの知りませんが、とにかくうち方は90万円しか出しません」
私「いやいや…こっちは信号待ちしていただけなのに車をダメにされたんですよ?」
教職員共済「そんなこと言っても、そこにいたあなたにも責任があるじゃないですか」
私「こっちは信号待ちで止まっていたんですよ?それで追突されて新車が動かなくなっっているのに…」
教職員共済「一度でも乗ったら中古ですから90万円しか出しません」
私「そうじゃなくって…どっちの過失がとかあるんじゃないですか?」
教職員共済「いやだから、そこにいたあなたの責任なので、こちらは90万円までしか出しません」

このようなやり取りで埒が明かないため、私はその担当とは話し合いに応ぜずに電話を切った。

事故当時、私はシフトを「P」に入れ、パーキングブレーキを掛けた状態でブレーキも踏んでおり、私の車は前後の車両ともに完全に停止した状態であった。そこに一方的に加害者料が突っ込んできた状態だ。
私の認識ではこちらに落ち度はないわけだが、教職員共済担当の弁によれば、停車している車であってもぶつけられた方も悪い、ということのようだ。
しかもそれは、一切調査もしない状態でそのように言っているらしい。

なぜこのようなことを言われねばならないのだろう。
あの日、たまたまあの場所にいただけで、こちらに落ち度はないとしか思えない状況で、どうして責められねばならないのだろう…前日の八戸赤十字病院の医師といい、なぜ私はせめられねばならなかったのだろう…

事故翌日の診察 その2

昨日救急車で日赤病院に一緒に運ばれた被害者が診察に呼ばれ、その場を立ち去る。
それと入れ替わるように、今度は加害者が現れた。
何度も頭を下げてくる加害者。
そしてさっきの被害者との会話と同じようなやり取りとなる。
その加害者もすぐに診察に呼ばれた。彼は頭を下げながら立ち去った。

それからしばらく私は待つこととなった。
1時間以上形成外科で待ち続けたことで、整形外科に遅く来たという扱いになっているらしく、私が診察に呼ばれたのは正午を回ってからのことだった。

診察室に入る、医師はわりと若く見える男性。
医師はレントゲン写真から目を離さず、こちらには目も向けない。

医師「どう?」
私「昨日は右腕と首の後と右側が特に痛かったんですが、今日になったら左腕と左肩、首の左側の痛みの方が強くなりました。左手の指も痺れていてうまく動きません。あと左わき腹にも痛みがあります」
医師「それ、昨日なかったよね? (交通事故とは)関係ないよ」
私「え?でも事故後に痛くなったので…」
医師「そもそも君は一番軽傷なんだし、ケガも大したことはないんだから」

こちらの訴えは全否定、触診もないし、当然MRIもCTもなし。
私が大げさに嘘でもついているかのような態度で、まるで相手にしてくれない。
他の被害者に「頭とかも診てもらうように言った方がいい」と言われたが、もはやそれどころではなく、取り付く島もない状態。

医師「いちおう飲み薬を出すから、1週間後にまた来て」
私「もう終わりですか?」
医師「大したことないんだから、よほど酷くならない限りは限りは平気だから、1週間経つまでは来なくていいよ」
私「仕事は大丈夫でしょうか」
医師「大したことないんだけどな…じゃあ1週間休んでおけば?」

信じられないような話だが、これが2008年3月18日に八戸赤十字病院の整形外科外来にて実際に私が受けた診察だ。
後日、私の首に頚椎ヘルニアが見つかった。しかし教職員共済からは「事故直後に見つかってないので交通事故とは無関係」と吐き捨てられた。この日、ちゃんと診察してもらえたならば、その後の教職員共済の対応も、私の治療状況、後遺症の状態なども変わっていたのかも知れない。

交通事故に遭い心身ともにダメージを追っている人に追い打ちをかけるような医師がいることを、私はこの時に初めて知った。
でもそれは医師だけではないと、この後何度も知ることとなる…。

事故翌日の診察 その1

事故の翌日、再び八戸赤十字病院へと向かっていた。昨日救急車に運ばれた際に当直医から「私は(外科が)専門ではないので明日専門医に診てもらってください」と言われていたためだ。
午前9時過ぎに病院に到着、前日に言われたとおりに受付へと行く。
すると受付で驚くべきことを言われた。

受付「形成外科に行ってください」
私「形成外科ですか?整形外科ではなくって?」
受付「はい、形成外科に行って待っていてください」
私「整形ではなく?」
受付「形成でお待ち下さい」

何度も確認したので『形成に行け』と言われたのは間違いなく、どういう理由かは分からないが、私は整形外科ではなく形成外科で診断されるようだ

八戸赤十字病院の形成外科待合でしばらく待った後、形成外科の受付に呼び出された。

形成外科受付「あなた、何でこんなところにきたの?」
私「受付でそう言われたので」
形成外科受付「そんなこと言うわけ無いでしょ、整形の聞き間違いです」
私「いやそうじゃなくって、何度も確認したけどそれでも『形成に行け』と言うので…」
形成外科受付「いいから整形に行きなさい」

受付で何度も確認したのに『形成だ』と念押しされたので形成外科待合で待っていただけなのに、なぜそのように責められなければならないのだろう…釈然としないまま整形外科待合に移動する。

整形外科の待合にて、昨日一緒に運ばれた被害者と再会した。

他の被害者「(診断は)もう終わったの?」
私「受付から形成に回されだけど追い返されて整形に来たばかり、まだ診てもらってない」
他の被害者「じゃあ頭とかもまだ診てもらってないんだね?」
私「頭も何も、『形成外科に行け」と言われて待ってたら『そんなこと言うわけない』って言われて来たばかりなのでなんにも…」
他の被害者「そうか…頭とかも診てもらうように言った方がいいよ」

私はその言葉にうなずいた。医師に言わなければ対応してもらえないという意味なのだろう。

事故当日の診察

八戸赤十字病院に搬送されたのは私を含めて3名だった。
順にレントゲンを撮ることとなったのだが、私はかなり長い時間長椅子で待たされた。そう感じただけなのかも知れないが、吐き気があるとも伝えてあるし、なぜ後回しにされたのだろうか?と今でも疑問に思う。
とにかく順番が来るまで、ただただ痛みに耐えるしかなかった。
レントゲンを待つ間に看護師から質問をされ、体温計を渡される。しばらくしてレントゲン撮影に呼ばれた。
レントゲン撮影を終えると、当直の医師の元へと通される。

医師に向かって痛い箇所や今までの症状を告げる。
いきなり衝撃があり、気がついたらシートが壊れて天井を向いていたこと。
首と右腕に酷い痛みがあり、救急車で運ばれる途中で吐き気を覚えたこと。

医師からレントゲン写真の説明を受ける、「見たところ異常はない」とのことだった。
しかしその医師は外科は専門ではないとのことで、「交通事故は後日症状が出ることもよくあるから、必ず明日、外科に診てもらいに来てくれ」とのことだった。また、「急に具合が悪くなったらいつでもすぐに病院に来い」とも。

そして用心のためにと首にコルセットを巻かれた。正直苦しかったが、「これをしていれば何かあっても首にはダメージがいかない」という説明を受け、嫌々ながらも装着した。

診察を終えると加害者から謝罪を受けた。
彼は「車も身体も、もちろんこちらで全て支払ますので」と言い頭を下げた。
職業を聞くと公務員、それも教師ということだったので、その時の私は愚かにも彼の言葉を信用した。
地方では公務員は高給取りであり、また社会的にも責任がある教師という立場からもちゃんと保証してくれるだろう、と思ったのだ。それには、もし仮に保険でカバー出来ない場合でも、きっと本人が何とかしてくれるだろう、という考えも含まれていた。
またこの時点では私の過失はまだ確定していなかったが、私の車は完全に停止していることからこちらに過失はない事故だと思っており、向こうが保証してくれるのは当然に思えた。

そうこうしていると、今度は警察官に声を掛けられ事情を聞かれた。
そこで、加害者からはまた後で連絡をもらうということにした。

警察官には事故当時のことを聞かれる。
信号待ちをして停車していたら衝撃を感じ、気がついたら追突されていたことを話す。
警察官は「完全に停止していたか?」「前の車との車間距離は?」などと聞かれる。
私は「完全に停止していた」「前の車との詳細な距離は分からないが、普通に信号待ちをする時ぐらいの距離だ」とありのままを答えた。

事情聴取らしきものを受け、それを受けたという署名などを済ませると、「君の車がまだ現場にいるから、何とかしてもらえないか」と言われた。

この時まで、私は車のことなどまるで頭になかった。猛烈な痛みと具合の悪さでそれどころではなかったからだ。
急ぎパレットを購入したスズキのお店に電話する、事情を説明しレッカーを出してもらい、自分の任意保険にも連絡をしてもらった。

それが終わり実家に迎えに来てもらうように電話していると、加害者がまた声を掛けてきた。
しきりに謝る彼をかわいそうと思ったわけではないが…あの車は年老いた祖父母の通院にも役立つようにと選んだ車であり、「祖父母が乗っている時でなくてよかった」という思いもあった私は、それほど責める気にはなれなかった。

いや、違う。

その時はまだ、「私は不幸にも事故にあったが、車も相手側が全額なんとかしてくれるようだし、身体も元に戻るし、仕事にもすぐに戻れる」と考えていたのだ。
被害者側はけして取り戻せない大きな傷を与えられ被害者の方が加害者よりも大きな負担を、罪もないのにずっと強いられるのだと、気付いていなかったのだ。
交通事故とは加害者が得をし、被害者がバカを見るものだと、知らなかったのだ。

私の苦しみは増していく…

救急車到着、病院へ

最初にパトカーが到着したのは事故が起こった車線とは反対側だった、と記憶している。
事故現場は国道のT字路交差点の近くで中央分離帯もあり、通過した1つ前の交差点からも300m以上…そこを埋め尽くすように車が並んで渋滞が発生していた。逆走せずに現場に近づくにはそれしか無かったのだと思う。

警官がきて加害者や被害者に事情を聞く…もちろん私にも。
私は「信号待ちで停止していたら突然衝撃があった」と答える。
前の車に追突したか聞かれたが「分からない」と答える、事実、衝突したかどうかの記憶がないのだ。ヘコんでいるのだから追突していないはずはないのだが、私にはその記憶がない。
そしてこの状況はどうなっているのかを警官に聞くと、6台玉突き事故だと教えられた。

すぐに救急車がくると言われ、車中の荷物を取りだす。仕事に行く時に必要なものと郵便局の不在通知を手に取り、ついでに眼鏡も探してみる。やはり見つからない。他にも見つからないモノが1つ2つある。
仕方がないので車から出ようとした時に、運転席のシートが倒れたままであることが気になった。
何気なく戻そうとレバーを操作するが戻ってこない。手で背もたれを起こしてもまた後ろへと倒れていく。繋ぎ目か何かが壊れているようだ。

少しして救急車が到着した。ただし、T字路の交差点を逆走する形で入ってきた。渋滞はまだまだ解消されてはいないのだからそれしかないのだろう。
負傷者は2台の救急車に分けられた。私と一緒に乗った2人の内、1人は私の後ろの車(加害車両により横に弾き飛ばされた車)のドライバーで、もう1人が例のパニックを起こしていた男、加害者だ。加害者であることは病院に着いてからも再確認したが、間違いないようだった。

この時、私は軽傷扱いだったらしいことを、後日警察官や医師などの発言から知ることとなる。なぜそのようになったのか理由はわからないが…

救急車はなかなか走り出さない…受け入れ先の病院が決まらないようだった。
しばらくして「日赤病院に向かう」と隊員の声がした。それに仕方なく頷いたのは、日赤病院(八戸赤十字病院)が地元ではあまり評判が良くない病院であり、加えて私自身がその病院で嫌な思いを2度していたからだ。
だがこの状況ではどうにも出来ない、とにかく首と腕が痛くて痛くてたまらない。とにかく少しでも早く楽にさせて欲しい。

救急車は動き出す。

車中、順番に心拍計(脈拍?)のようなものなどを付けられる。そして隊員が「具合が悪くなったら言って下さい」と声を掛けられる。特に吐き気などは必ず言うように、とのこと。
私は乗り込んだ時に酷い痛みがあっただけだったが、救急車が走り出すとすぐに具合が悪くなり隊員に告げた。
吐き気が酷い…目眩で座っているのも辛い…
隊員に「もうすぐ病院ですから」と励まされ、ただただ痛みと吐き気と目眩を我慢する。

救急車はようやく病院に到着した。

2018年現在の治療など

現在受けている治療について。

現在八戸市内にある病院にて、月に5回ぐらい治療を受けています。
1回につき平均2時間ぐらいですかね、混み具合次第ですが1時間半~3時間ぐらい時間が掛かっています。年間60日×2時間=120時間=丸5日間、私は治療時間に費やしているわけです。

受けている治療は…事故の直系のものだけで…またざっくりした名称ですが、痛み止めの注射(お尻、回数制限無し)、点滴(月5回まで)、電気6箇所、レーザー1箇所、マイクロ波2箇所、マッサージ、です。

これに加えて、痛みに耐えきれない時にはブロック注射(筋膜リリース付)を打ちます。これは1回打つと7日後でないと受けられないやつなので、私の通院ペースだと受けられるのは多くても月に3回ぐらいです。あまりに酷い時にはそれでも痛みを抑え込むこと出来ませんが…

治療費は、ブロック注射なしだと730円ぐらいかな?
ブロック注射ありだと1100円ちょっとだったか。
そのぐらいですのでだいたい月に4400~4800円。

これに飲み薬代がプラスされます。
飲み薬は7種類、痛み止めの神経の薬に末梢神経の痛みを改善するのだったり筋肉を緩める薬だったっけか、たくさん飲むので胃腸薬はもちろん入っているし、あとはなんだかんだで今は血行を良くする薬まで含めての7種類。
あとは塗り薬が2種類と痛み止めの湿布よったのが2種類加えて1ヶ月分で7000円弱か。

平均すると、治療費+薬代で月に11000円ちょい、年間135000円ぐらいですかね。
これに加えて市販の痛み止めの湿布とかも買っていますので、そこまで含めると15万円ぐらいか…

けっこう辛いです。経済的に。自分で起こした事故ならば当然と思いますが、過失ゼロなのに…ってね。

これが事故被害者としての治療等の実情です。