限界

もう限界なのかも知れない。

事故とは関係ない内科で医師に「誰か話せる人はいないか」と言われた。
事故とは関係ないことで、誰も信じられない自分がいる。
外向きにはこちらからは裏切らず、まずは信じる体で生きている。「囚人のジレンマ」の「しっぺ返し戦略」に近い。
だから誰も信じず生きてきたはずだった。
事故の前から信じられる人を失い、そして事故後も様々揺れ動き、なんとか仕事をできるようになってからは諦めて死ぬまで生きようと思ってきた。

それなのに信じられる人を見つけてしまった。
でもその人とは話せない。その人は仕事でたまたま私に当たれば話すけど、私は本当は苦しい時にこそ話さねば耐えられない。踏みとどまるためにはそうしないといけない。
でもそれが叶わない。

そこに医師からの「誰か話せる人はいないか」は辛すぎる。
どうにも出来ないから、ますます自分を止められなくなる。

帰り際、会計の時に、他の患者とトラブった。
どうしても思ってしまう。
見下されている、馬鹿にされている、否定されている、カタワで何も出来ないと決めつけられている、

また左目だけ涙をこぼす。これは事故に合う前から、この身体が13歳の時に起こった出来事に起因する私の異常だ。キチガイの類だ。

とうとう私の身体の最低ラインを下回ってしまった。装備品で誤魔化しているが、もう足らないのは気付いている。

薬を飲めば最低限には足りるようになる。
でもそれをすれば、悪意ない暴力に遭遇した時に耐えられなくなる。
「私は悪くない」「ワザとじゃない」「そんな強くやってない」
その悪意のない言い訳を聞いて、殺したくなる。こっちは悪意のない暴力で、左腕を、そして左半身を奪われるのだから。

13の時に壊され、17の時に少しでも足りるようにとしまた壊れ、20の時に壊れた残りを失い、32の時に本当は死んでおり、34の時に事故で残ったものも3分の1ぐらいに減らされた。

辛い時に話も出来ないのに、その人に約束を強いられる
私はそれに納得出来ないのに、それを裏切らないように踏みとどまりたくて、でも話ができないから暴走を止められない。自分の最後の堤防ももう足らなくなっているから。

出来ることなら、もうどうしようもなくなってしまう前に、また事故に遭って今度こそ死にたい。