事故後の初出社

事故後の初出社はいろんな意味でストレスだった。
派遣会社からは事故の説明を禁じられている。
でも派遣先ではおそらく、事故について聞かれないはずがない。
そもそも私の体がおかしいことを伝えねば、何かあったときに大問題となるのは目に見えている。

会社に到着すると上の人が待ち構えていた。
事故の状況や体のことを聞かれ、私は正直に話す道を選んだ。
こちらに過失がないこと、車は廃車になる可能性が濃厚であること、体に異常があるが医者には問題ないと言われたこと、包み隠さずに話した。
上の人は私の話をを信用してくれ、
「もし途中で具合が悪くなったりしたら、遠慮せずにすぐに作業をやめて休憩していいから」
と言ってくれた。ありがたい話だ。

現場に入ると、そこの上司が待ち構えていた。
何か言われるかと思ったが(普段からいろいろと指摘されていたので)、あまりこまごましたことは言わずに細かい注文もせずに、ケガの無いようにと言ってきた。
そして工場内は私一人になった。

私の仕事はマシン金属加工のオペレーター、のような仕事だ。夜8時から朝8時までラインを動かし、製品を作り続けるのが私の役割。その間、工場にいるのは私一人となる。

夜8時に私の仕事開始後、すぐに正社員は帰宅し一人となる。
首と左腕の痛み、不自由さはあるものの、最初の内はなんとか仕事をこなしていた。
しかし30分ほど経過した時、突然それは起こった。
左腕が動かない…指先も痺れが強まりうまく材料を掴めない…
右手でフォローしようとするが間に合わず、機械の中に材料を落としてしまう。
機械の停止を確認した後になんとか右手で拾い出すが、表面に傷が付き、もう製品にはならない。
再度材料をセットしようと試みるも、右手だけでは上手くはめられず落としかける。
悔しいがその機械での作業は断念し、小物の製品に注力しようとした。
しかしそちらでも不良品を出してしまう。片手で治具に押さえ付けながら固定具で止めるのだが、それが上手くできない。
動かない左手を肩を押し込む形で押さえてるが動かない左腕に集中しているものの固定する時に動いてしまい、製品の穴の位置がズレてしまう。
それを繰り返している内に痛みと痺れ耐えきれないほどになり、9時前には作業できなくなった。

今思えば不思議だが、あの時の私には夜間の緊急連絡先が知らされていなかった。これまでにも機械の不具合で朝5時近くに作業できることがなくなり、そのまま朝8時まで待つしかなかったこともあった。
派遣先がそうだし、派遣会社の担当に至っては午後8時どころかその前には電話受けてもらえないのが分かっているので、家に帰るわけにもいかず、ただただ朝の8時まで待機しなくてはならない。
痛いし辛いし苦しいし悔しいし、そればかりを繰り返し思って朝までただ耐えていた。

8時が近付き社員が出社し始める。
状況を伝えて謝罪する。
特に咎められることもなく「仕方ないよ」と慰めの言葉をいただく…情けない…。

こうして私のこの会社での仕事は終わった。

派遣会社への連絡

八戸赤十字病院で診察した医師の言葉を受け、その日のうちに会社に連絡した。
当時私は地元の派遣会社に所属し、市内の工業団地にある金属加工会社内で仕事をしていたため、派遣会社に連絡をする形となった。

私「医師から仕事をしても構わないと言われました」
派遣会社「そうか、よかった。代わりの人も見つからないし先方も困り果ててたんだよ」
私「それはすみませんでした…」
派遣会社「そもそもなんで事故なんか起こすかな?」
私「はい?…いやいや、私は事故なんて起こしてませんよ」
派遣会社「でも運転中だったんでしょ?」
私「たしかに車には乗っていましたけど、車は止まっていてこちらの過失はゼロだよと警察官からは言われてますよ」
派遣会社「そうは言ってもプライベートて事故やって休むとか、印象悪いからね、こっちも困るんだから気をつけてよ」
私「そうは言われても…止まっていた車に後ろから追突されたらどうしようもないですよね?」
派遣会社「僕なら前に動いてぶつからないな」
私「いやいや、後ろの車を弾き飛ばして追突してきて前の車に玉突きしてるので、逃げ場所もなかったんですよ」
派遣会社「とにかく派遣先に迷惑掛けてるんだから、とにかく謝って明日からお願いしますよ」
私「はぁ…とりあえずがんばってみますけど…」
派遣会社「なに?なんか歯切れ悪いけど?」
私「医師は何ともないと言うんですが、私は痛くて左腕がうまく動かないんですよ」
派遣会社「でも医者はゴーサイン出したんでしょう?」
私「そうてすけど、こちらが言っても『体を動かさないからそうなんだ』の一点張りで、まともに診てもくれないんですよ…」
派遣会社「だから平気だからそうなんでしょ?僕も同じ意見だけどね。だって当日自分で電話してきたじゃない」
私「それはまずは連絡しなくてはと思ったからで、電話掛けることは出来たからしたってだけで…」
派遣会社「とにかく、先方に迷惑掛けてるんだから、明日行ったらまず謝って、あとは余計なことを言わないようにね」
私「…余計なことってなんですか?」
派遣会社「体が痛いとかそういうことだよ」
私「でも実際痛いとか動かせないとかは言わないと現場でまずいと思いますが…」
派遣会社「医者が仕事をして大丈夫と言ったんでしょ?素人考えで余計なこと言わないでってこと」
私「…」
派遣会社「とにかく先方には明日から通常勤務に戻れるって伝えておくから、よろしくね」
私「いや、それはやってみないと分からないので、その辺りも話してはもらえませんか?」
派遣会社「…先方にどれだけ迷惑掛けたと思ってるの?社員の方々が君のフォローで残業してるんだよ?」
私「それは申し訳ないと思いますが、私が事故を起こしたわけしゃないので…」
派遣会社「そこにいた君にも責任はあるんだから、とにかく明日遅れずに行って謝って、余計なこと言わずに仕事をして下さい」
私「…善処はします…」
派遣会社「よろしくお願いしますよ」

このような会話で話は終わった。
事故後にはこれまても数回電話していたが、何度説明しても私が事故を起こして言い訳していると決めつけているようで、毎回このような感じで言われていた。
立場が立場だというのは分かるのだが、私はただ信号待ちをしていただけで事故に巻き込まれ、それが何故私が事故を起こしたようにされるのかがどうしても納得いかなかった。

動きの悪い左腕のまま、首にも激痛を抱えたまま、明日から仕事に戻る。
どうか医師の言うように、単に体が鈍っているだけであるようにと、私は願っていた。

再度の診察

事故翌日の診察から1週間、再度診察に八戸赤十字病院に訪れた。
今回も長い時間待たされたが、それでも前回よりはいくらか早く10時過ぎに診察室に呼ばれた。

医師「1週間経ちましたがどうですかな?」
私「やはり左の方…首、肩、腕が痛いんです。1週間前よりも痺れも増して動きも…」
医師「だからそれ、関係ないから」
私「でも事故後にこうなって、左腕の痺れも小指側から肘まで朝から晩までずっとあるし、腕も上がらずうまく動かせないんです」
医師「でも事故直後には言わなかったよね?あの時痛かったの右の首だけだよね?」
私「それはそうですけど…その時にはそうだったんですから…それがその後に痛くなっておかしくなって、事故の以前には一度もそんなことはなかったんで事故のせいとしか思えないんですが…」
医師「君さ…あの事故で一番軽症なのになんでそんなこと言うのかな?隣の車に乗っていた子供なんてね、骨折したんだよ、骨折。一番軽症なのにそんなこと言って、その子にかわいそうじゃないの?」
私「…でも左が私は痛いし動く範囲も狭くなってるし、全部事故後になったんですよ?」
医師「だから軽症なのにそんなこと言って、他の患者がかわいそうじゃないんですか!?」
私「…ても痛いんです…」
医師「それは事故後に体を動かさずにいたから体が鈍っているだけだからね」
私「…」
医師「とにかく明日から仕事行ってみてください。最初は痛かったりするかもしれないけれど、少しぐらい辛くても体が動かせばすぐに元に戻るから」
私「痛くても無理してでも動かした方がいいんですか?」
医師「君の場合は軽症だからね」
私「…分かりました…」

こうして事故翌日から1週間後の診察が終わった。問診だけで、その問診も私の言葉は全て否定され続けて…。

私は医療のプロではない。
そして交通事故やその後遺症などに明るいわけでもない。
だからその時、医師の言葉に不安を覚えつつも信じてしまった。その通りなのかも知れないと期待してしまった。

車をどうするか

これから車をどうするのか、いろんな人に言われた。

まぁそもそも相手の任意保険がどこまで対応してくれるか次第だと思うのだが、ディーラーも実家も相手の任意保険教職員共済までも急かしてくる。

ディーラーはこう言う。
「修理するか買い直すかで違ってきますし、パレットは発売されたばっかりの車なので部品確保も大変なので、早めに決めていただけると助かります」
理屈は分かる。

実家はこう言う。
「じいちゃんとばあちゃんを病院に連れていくのにどうするんだ?かわいそうじゃないか」
こちらことなお構いなくで実家の都合だけか。

教職員共済はこう言う。
「金額を早く決めていただかないと困るんです」
こっちが都合を合わせないといけない、みたいな感じに聞こえた。

ぞれぞれ都合も主張もあるだろうが、こっちとしても大問題をクリアしていない以上はなかなか決断出来ない。

病院も誰もかれもが私を軽症扱いするけれど、この時点で私は運転が難しい上体になっていた。
左腕が肘の高さ程度しか上がらないのだ。
腕を下ろした状態では肘が90度曲がるが、伸ばした状態で腕を上げると下ろした時の肘の高さに手が到達するとそれ以上は上がらない。その状態だと肘も曲がらない。
正直私は悪化していると感じていた。

車を買っても代金を支払うのは私だ。
もし仕事が出来ないなら車など買えない…収入なしでは支払えないから。
もし今の仕事が出来ずに転職となれば、その職での支払い能力に合わせてまた車を選ばねばならない。
もし今の仕事に復帰できてもこれまでと違う状況…時間短縮や病院通いでの出費増があれば、やはり買う車を選ばねばならない。

結局、この時点での車購入は保留した。まずは事故から1週間、再度診断してからの話だと私は考えた。
まだ希望を覚えていたころの話だ。

加害者が親同伴でやってきた

加害者から電話があった。
会いたいということだったが、こちらは体調が悪く会う気にはなれない。
しかし親も実家から来ているということなので、どうしても会って欲しいとのことだった。
仕方なく、家の近くの路上で会うことにした。

加害者の親は息子の事故の謝罪のため、弘前から八戸まで駆けつけたとのことだった。

加害者の父親と母親が謝罪の言葉を口にし、深々と頭を下げる。加害者本人もそれに倣う。
そして菓子折りを渡そうとするが、私はそれを受け取らない。そして

「謝罪も大事とは思うが、現状を回復してもらうこと、それが私の望みだ」

私はそう言った

もちろん事故の前の状態になるように必ず息子にやらせますので、と父親が頭を深く下げ、母親も頭を下げる。
そして父親は息子に向かって、この人に追わせた被害を必ず回復するように、例え自分がどんなに辛くともと、どんなことをしてでも償いをするように約束しろと強く言った。
加害者は頷き頭を下げる。

この時の私はその姿を見て、愚かにも加害者とその親を信じてしまった。

加害者は20代半ばの男性で、職業は教師。
八戸市立の中学校の教師で公務員。若いとはいえ地方都市での公務員のと言えば十分な給与をもらっている立場にあり、同世代の民間企業に勤める者よりも金銭的には裕福であることが多い。
仮に相手側の任意保険でカバーしきれなくても、少なくとも同世代の人よりは金銭的に何とかしてくれるはずだとそう思った。
おまけに親まで出てきている。成人した子供の罪のためにわざわざ駆けつけ頭を下げ、こちらの目の前で約束させたのだから、これでもし今後、私の身体の傷が治らない場合でもなんとかしてくれると、私は信じてしまった。
それは身体に関しても必ず治させるとを加害者の父親が約束したからでもある。

菓子折りを受け取り、私はその場を後にした。
加害者の両親は何度も何度も頭を下げていた。
もし、あの時の加害者の親の言葉が本当のもので、私が十分な被害回復を受けられていたら今より少しはマシな状態にあるのではないかと、そう思うことは少なくない。

警察の事情聴取

事情聴取をしたいので来て欲しい、と警察から連絡があった。
八戸警察署に行き指定された場所まで行くと、担当の警察官が一人待ち構えていた。

まずは体調のことを聞かれ、私が「左の首から肩から腕にかけて痛くて動かない」旨を伝えるが、ここでもやはり「軽症だと聴いてるよ、すぐによくなるよ」と言われる。
警察経由なのか病院経由なのか、はたまた消防署経由なのかはわからないが、どうも私は玉突き事故に巻き込まれた6台の車の搭乗者のうちで、最も軽症ということになっているらしい。私の後ろの車は左右に弾かれただけで、直進方向の力は直撃を食らった私に一番伝わっているはずと思うのだが…

その後、事情聴取が始まった。
事情聴取などされたことがないのでどんなことを聞かれるのかと思っていたが、あまり質問とかはされず、ほとんど確認だけであった。

当日、現場ではちゃんと停車していたよね?
ちゃんと停車状態で車は動いてなかったんだよね?
玉突きした車との車間距離は取ってたよね?

私は正直に答えた。

パーキングブレーキを掛けてシフトも「P」に入れ、ブレーキをしっかり踏んで停車していたこと。
当然車は動いていなかったこと。
車間距離がどのぐらいだったかは正確には覚えていないが、普段普通に取るぐらいの距離で極端に近いということはない、ということ。

実は私が玉突きした前にいた車両は公務員の公用車で何人も乗っており、すでにその人達から事情を聞いていたらしくその確認だけしたらしかった。

そして最後に、
「加害者にどのような処分を望みますか?」
と聞かれた。
答えに窮していると、警察官が
「つまり重い罰を望むか、軽い罰でいいと思うか、というようなことだけど…」
と言ってきた。

私は、
「罪相応の処分でいいのではないか」
と答えた。

これで私の事情聴取は終わった。

帰り際、
「加害者からは話を聞いたんですか?」
と尋ねてみた。
警察官は「話は聞いている」と教えてくれた。

そこで
「事故の原因はなんだったんですか?」
とも聞いてみた。すると、
「車が近づいてきたのが分かったのでブレーキを踏もうとしたが、間違ってアクセルを踏んでしまったと言っている」
と答えた。

それは私が事故直後に加害者から聞いた話
『CDを入れ替えていて、気がついたら目の前に車がいた』
とは全く違う説明であった。

私の中に加害者への不信感が芽生えた。

修理工場からの連絡

事故から数日後、ディーラーから依頼されたという修理工場から連絡があった。
指定された住所に向けて代車のパッソを走らせた私、着いたのは八戸市でも郊外に近い場所にある修理工場。

店内に入ると、そこの社長が出迎えてくれた。
まずは身体のことを心配してくれたが、次の言葉に私は耳を疑った。
「あんなひどい渋滞はなかなかみない…よく命がありましたね」
命を落としていてもおかしくはないぐらいの車の損傷だったと、私はこの時初めて知った。

詳しい状態を聞く前に、車を見せてもらうことになった。
納車から一月も経っていないパレットは、見るも無残な姿に変わっていた。

前から見た時にはそれほど損傷は感じられなかった。前の車に玉突きした時についたであろうへこみはあるが、わりと原型をとどめているように見えた。
しかし近づいて運転席側に回ると、その被害の大きさがまざまざと見せつけられる。
右後ろのスライドドアが前に飛び出し運転席のドアを覆い尽くさんばかりの状態。運転席を開けるとギリギリ、本当にギリギリで運転席ドアが開いた。
中に入ると運転席のシートが倒れている。横のレバーを引いてもシートは起き上がってこない。手でシートを起こしてみるが、何の引っ掛かりもなくまた後ろに倒れていく。
外に出て車の後部に回る。そこは大きく潰れてひしゃげているといえばいいのか…元々跳び箱のような台形の後ろ姿で個人的にそこが気に入っていたのだが、形が変形してしまい惨めな姿となっていた。
どのようなぶつかり方をしたらこのようになるのか、ボディーの右後ろにはソフトボール大の穴が空いており、そこから右後輪のタイヤが覗いている。
説明を聞く前に、私の頭の中にはある結論が浮かんでいた。
「廃車にするしかない…」
その結論は間違ってはいなかったようだ。

店内に戻った私に、社長が説明をしてくれた。話を要約すると、

全てのパーツを交換しフレームを叩き直せば修理できないことはない。
しかしそれで次の車検に通る保証はできないほどフレームが歪んでいる。
パーツ代だけでも100万円ぐらいになるだろう。
あれだけのダメージをフレームに負っているので、不具合が出る可能性がある。
あれだけひどい状態は滅多にない。新車を買ってもらう方がいいし、それが叶わないならばあまりにも可哀想過ぎる。

とのことだった。
「あぁ…商売で修理することもためらうほど酷い事故を負わされたんだ…」
と私は思った。「これは絶対に相手に新車を買い直してもらうべきだ、そうでなければ悲惨すぎる」社長は最後までそう言っていた。

医者も含めて周りから「軽症だ」と言われ続け、それなのにこんなに痛みを覚えている自分は間違っているのだろうかと、卑怯者だろうかとここ数日悩んでいた私は、この時に初めて自分が間違っていないかもしれないと考えるようになった。

あの日あの場所にいた理由

あの日、事故に遭った現場にいた理由は、車関係の本人確認郵便を郵便局に取りに行くためだった。

あの日、私は夜8時から仕事を控えていた。
自宅で郵便受けに入っていた不在通知に気付いた私は、八戸郵便局へと車を走らせた。
八戸市城下の国道45号線マクドナルド付近の交差点から八戸郵便局に行く途中、現在くら寿司が建っている場所の前で信号待ちをしていた。
そこで事故に遭った。

その車は事故の半月ほど前に納車されており、車種はスズキのパレット。パレットが販売開始された始めの方の1台であり、まだ初回のローン支払いも終わっていない段階だった。

前車はたしか平成8年式のワゴンR RV 4WDターボで、11年近く乗っていた車だ。
実は私は祖父母の介護をしていた。あの時していた仕事につく前の2年間ほどの間で、ちょうど店舗閉店により仕事が途切れた私に白羽の矢が立った形で、毎日祖父母の家に行き様々な用事をこなし、食事や身の回りの世話をしていた。

貯金も無く、実家が出してくれる僅かなお金で2年間騙し騙し使っていたワゴンRは、2008年時点でもはやボロボロで、車検を通すにもかなりの金額が必要なことが予想できた。
そして職についたとはいえ、平日の昼には祖父母を病院に連れていかねばならない私は、車の購入を考えていた。
その用途にと考え、当時デビューしたてのパレットの購入を決めた。決め手は後ろのスライドドア、これならかかりつけの病院前の狭い道路での乗り降りも楽にこなせる、という理由だ。

そのような理由で買ったパレットが納車からわずか半月で事故に遭った。しかもそのパレット関連の書類を受け取るために郵便局に向かう途中での事故であったこと、今でも複雑な気持ちで思い返す。

もしパレットを購入していなければ?
事故に遭わずに済んだのか?
いや、別の車種でも同じ結果だったかもしれない…
むしろ新車のパレットだったから命が助かったのかもしれない…
ワゴンRであればもしかしたら…いや、そもそも車を買わなければこんな目にも遭わなかったのでは?

そんなことを何度も何度も考えた…考えても考えても何も変わらないのに…

せめてもの救いは、あの日は祖父母を乗せていなかったことだ。
祖父母を乗せる時にはいつも後部座席に乗せていた。
後部座席が変形し、スライドドアが運転席ドアの開閉を妨げる寸前まで押しやられたあの事故、祖父母を乗せていたならばあ間違いなく二人の命を奪われていたと思う。
そんなことにならなかったことだけは、本当に良かったと思っている。

教職員共済の新たな担当者からの電話

加害者の任意保険、教職員共済から連絡が来た。
前回はいきなり『90万円しか出さない』『現場にいたあなたも悪い』というような口調だったが、今回は物腰が柔らかい人からの連絡だった。

教職員共済「この度は事故に遭われ、またこちらの担当が失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。」
私「何しに電話してきたんですか?事故現場にいた私が悪くて、状況も見ないで初めから決めたことだけやるのでしょ?」
教職員共済「いえいえ、そんなことはございません。担当がなぜあんなことを言ったかは分かりませんが、私が新しく担当になったので安心してください」
私「分かりませんって…保証とかはしてくれるんですか?」
教職員共済「もちろんです。治療費も当然出しますし、代車もご用意します。そのほかの損失も対応いたします。さしあたってお困りのことはないですか?」
私「…眼鏡がないんですよ」
教職員共済「え?」
私「事故直後に無くなっていて、今はスペアの古い眼鏡を掛けてるんですが、困っているんですよね」
教職員共済「分かりました…えっと…幾らぐらいになりますか?」
私「なくした眼鏡は昔作った時で7〜8万円ぐらいでしたけど」
教職員共済「え!?そんなに高いんですか!?!?」
私「そうは言われても実際その値段で玉屋(眼鏡屋)で買いましたよ。フレームとレンズでそのぐらい」
教職員共済「いや〜…困りますね…そんな高い眼鏡はちょっと…」
私「え?対応するって言ってませんでしたか?」
教職員共済「いやぁ…うちにも、出せる金額があるんでね…」
私「加害者は保険が全て保証してくれると言ってましたけど?」
教職員共済「…しかしこちらも規定がありますので…」
私「つまり保証してくれないってことですか?」
教職員共済「そうではなくってですね…車は全額保証出来ると思いますが、それ以外には限界があるんで…」
私「じゃあいくらなら眼鏡を買っていいんですか?」
教職員共済「そうですね…なんとか5万円でお願いできませんか…」
私「…分かりました。とりあえず玉屋に行ってみてその価格で何とかなるか相談してみます」
教職員共済「ありがとうございます。ところでお身体はいかがですか?」
私「日赤(八戸赤十字病院)で診てもらいましたが、軽症で1週間休めばいいと言われていますが…」
教職員共済「良かったじゃないですか!不幸中の幸いですね!!」
私「でも私は痛いんですよ。左腕は痺れてよく動かないし、昨日より悪くなってるし…」
教職員共済「でも医師がそう言ってるんですから間違いないです」
私「でも実際動かないんだから生活に困ってます」
教職員共済「医師が言ってるんですからよくなりますよ…ところでお仕事は?」
私「1週間も休めば良いと言われているので…どんどん悪化してるとしか思えませんが…」
教職員共済「まぁまだ事故に遭ったばっかりですのてね…まずは代車をご用意しますよ。なければ不便ですよね?」
私「不便ですけど…そもそも運転できる状態じゃないので…」
教職員共済「軽症とのことですので、すぐに慣れますよ。とりあえずそちらのディーラーさんはどこですか?」
私「スズキです」
教職員共済「分かりました。そちらに連絡して代車を用意してもらうように致します」
私「事故の状況はご存知ですか?」
教職員共済「いえ、まだ警察の取り調べが終わってませんので…事故に遭われた車の状態も分かり次第対応しますので」
私「最初にいきなりこちらのせいだ、みたいに言われてますので、簡単には信用できませんよ…」
教職員共済「そこはもう安心してください」

このような流れで二人目の教職員共済の担当とのやり取りは終わった。

この時私は、この担当の話しぶりが優しく対応も丁寧に思えて、少しだけ期待していた。
まともに対応してくれるものだと。
だが残念ながら口先だけだと、後に知ることとなる。

教職員共済からの最初の連絡

たしか事故の翌々日だったと思う。
加害者の加入している教職員共済から連絡があった。
そこで以下のようなやり取りが繰り広げられた。

教職員共済「うち方は90万しか出しませんから?」
私「はい?いきなりなんですか?」
教職員共済「いやだから、うち方は90万円までしか出せませんから」
私「はい?えっと…事故の状況とか分かってますか?」
教職員共済「そんなの知りませんが、とにかくうち方は90万円しか出しません」
私「いやいや…こっちは信号待ちしていただけなのに車をダメにされたんですよ?」
教職員共済「そんなこと言っても、そこにいたあなたにも責任があるじゃないですか」
私「こっちは信号待ちで止まっていたんですよ?それで追突されて新車が動かなくなっっているのに…」
教職員共済「一度でも乗ったら中古ですから90万円しか出しません」
私「そうじゃなくって…どっちの過失がとかあるんじゃないですか?」
教職員共済「いやだから、そこにいたあなたの責任なので、こちらは90万円までしか出しません」

このようなやり取りで埒が明かないため、私はその担当とは話し合いに応ぜずに電話を切った。

事故当時、私はシフトを「P」に入れ、パーキングブレーキを掛けた状態でブレーキも踏んでおり、私の車は前後の車両ともに完全に停止した状態であった。そこに一方的に加害者料が突っ込んできた状態だ。
私の認識ではこちらに落ち度はないわけだが、教職員共済担当の弁によれば、停車している車であってもぶつけられた方も悪い、ということのようだ。
しかもそれは、一切調査もしない状態でそのように言っているらしい。

なぜこのようなことを言われねばならないのだろう。
あの日、たまたまあの場所にいただけで、こちらに落ち度はないとしか思えない状況で、どうして責められねばならないのだろう…前日の八戸赤十字病院の医師といい、なぜ私はせめられねばならなかったのだろう…