叶わないこと

今日、病院で誰かに何かをぶつけられるかして、左腕の痺れと痛みが増し左手小指を使うことが困難になり、左腕の動きも制限された。

2階のリハビリで座って待っていた時、左首~左背中に衝撃を感じた。左半身の感覚が鈍いため(特に触覚)どの辺りか正確には分からないが、衝撃の後に指先まで痺れが広がったので何かされたのは間違いないと思う。

振り返ると年配の女性が腰のサポーターを外していた。サポーターが当たったのか、それを外そうとした手を当てたのか、それとも傍らにある荷物を当てたのか分からないが、直前直後に私の背後にいたのはその人だけなので間違いないと思う。私には何もなくても突然発作が出ることもあるわけだが、その際には痺れは走らず痛みだけか痛みも何もなく感覚全てがシャットダウンしてフリーズするかのどちらかだと経験則で知っているし、以前に何度も荷物や腕をぶつけられて発作が出た時の出方と同じだからだ。

痺れが広がり、左手~左腕は温度が下がり、左手小指~薬指の半分が痺れてうまく動かなくなっていく。左手の握力も下がり、左腕の可動範囲も狭まり、病院を出る頃にはジャンパーを普通に着ることもできなくなっていた。

しばらく睨んでいたが、当人は気にもとめずに隣の患者とバカ話をしている。

信じられないのは、サポーターを外すのも荷物を下ろすのも広い場所でやればいいものを、わざわざ椅子の間の狭いところにやってきて、しかも私の真後ろでそれを行ったことだ。

なぜ人にぶつかる可能性が高い場所にわざわざきて寄ってきてそれをやるんだ?

どうせ言ったところで「やってない」とか言うと知っている。
問い詰めても「悪気はないから」と被害者ぶることも知っている。
でもあなただって、身体が悪いから通院してきているのでしょう?
人それぞれ症状が違い、中には普通ならなんてことがないことでも大ダメージを受けるって、実を持って知っているはずでしょう?
その状況をマッサージの先生にキレながら説明していたら、嫌な物でも見るようなめで見やがって…こっちが視線を向けると知らんぷりしながら何度もチラチラと盗み見しやがって…お前のせいでこっちは身体を悪化させられているのに…

せっかくブロック注射でいくらか治まったのに、1時間と経たずにまた逆戻りさせやがって…

これを書いている今でも左手小指~薬指の動きは鈍く痛みと痺れは強い。
この痛みを消す術はない。
この気持ちを減らす術はあっても、それを私が手に入れることは叶わない。
なのに我慢しなければならない。
発作で痛みが暴れだすと、骨折や脱臼よりも痛むことがある。どうにもならない神経の痛み。
やられた分の痛みを相手にも与えたい…私が感じた分だけの痛みを味あわせたい…でもそれが叶わない…

同僚の予想外の動きで

<今まで、突発的な事象に起因した後遺症や発作の発生については書いてきませんでした。特にリアルタイムでの事例については。しかしそれについても思う部分があるので、今後は書いていこうと思うに至りました。>

今日、現場に入る前に防塵服に着替える場所にて、後遺症の発作が出ました。

同僚が着替えていてその後ろを通ろうとしたところ、突然同僚が後ろに下がってきました。
私の右肩が強く押される感じになって柱の角にぶつかり、そのまま上下の感覚がなくなって右半身は踏みとどまろうとするものの左半身は反応がよろしくなく、一回転するようにフラフラと歩いた後にドアノブに腰を打ち付け、その場に座り込むように崩れ落ちました。
次の瞬間には右手が左肩~首の辺りを抑えていました。おそらくその辺りをぶつけたのでしょう。
普通であれば倒れることもなく笑って済ませるぐらいの接触なのでしょうが、私の場合には左半身への衝撃で交通事故の後遺症の発作が発生することがよくあります。未就学児童の腕がわずかにかすっただけでも発生することがあったぐらいですので…

しばらく首を抑えて動けずにいましたが、その時すでに鈍いヌメッとした痺れが左手指先へと降りていく感じがしていました。

数分後には発作が出てきました。写真は発生から30分ほど後、車内で撮影したもの。角度的に分かりづらいですが、手の側面と手の甲側に左指が引っ張られています。

左手小指が外側に反って曲がりません。
他の指はいちおう曲がりますが、薬指の半分は小指に引っ張られて痛みが出て辛い。また握力はほとんどない感じで、500mlペットボトルを握って持つことも出来ない。
肩はほぼ上がらず、肘も45度も曲がらない状態。
そしてどんどん左腕が冷たくなっていく。

これでは出来る仕事がだいぶ限られるだけでなく無理すると悪化する可能性が高いため、仕方なく休日扱いにしてもらって帰ることとしました。

帰ると言っても、私の職場ではシャワーと着替えが待っています。
左腕が動かない状態でつなぎを脱ぐのは、けっこう大変です。
なんとか脱いでシャワーを浴びるも、片腕では体を洗うにも制限があります。
出来る範囲だけ洗って体を拭き、苦労してなんとか服を着替えて車に乗り込みます。

今回は左腕の発作だけで済んでいるので、運転については問題ありません。事故に遭ってからは突然前触れもなく左腕が動かないことはしょっちゅうなので、安全のために普段からハンドルはほぼ右手だけで操作してますし、ATなのでアクセル・ブレーキも問題なし。
シフトチェンジも右手で行なえます。さすがに走行中には行えないのでエンジンブレーキ等は諦めねばなりませんが、今の季節では不便はありません。

同僚がわざとやったわけではないのはわかっていますし、何度も謝ってくれているし、あちらにも嫌な思いをさせたこと、仕事の進捗状況に今後、わずかとは言え影響が出るかも知れないことなど申し訳なく思っています。
が、やはりそれでも悔しいです。辛いです。情けないです。
自称普通の人たちは誰かに話を聞いてもらえるとだいぶ楽になるらしいですが、私にはそれがありません。話しても何も変わらない、余計に苦しくなることがほとんどです。
わずかにいる楽になる相手には、もう話せることはありません。
ただただ悔しく苦しく惨めで情けなく辛いです。

この記事を書いている時点で、左腕は肘の高さまで上がるようになり、指は小指と薬指の反応は悪いけれども、キーボードを打つぐらいは出来るようになっています。8本指ですけどね。握力はまだほとんどないです。
自分で起こした事故の結果ならまだ受け止めようもありますが…悔しいですね。

謝罪してきました

事故を起こしました(ある日突然事故に遭い)

前回、事故を起こしたことを記事にしましたが、その事故現場となった敷地の会社を尋ねて謝罪してきました。

警察から連絡があったようですが、私が追突したのは廃タイヤだったようで、だから私には連絡してこなかった、ということでした。
そして「廃タイヤが崩れただけだから」と言ってくれました。
私は事故当時の状況を説明し、持参した菓子折りを私、その会社を後にしました。
責められることもなく、丁寧に対応していただきました。

突然の訪問で驚かせたようです。
また私が訪れるとは思っていなかったようです。

それはほぼ被害がなかったから(崩れた廃タイヤを積み直すという手間を負わせてしまいましたが)、なのでしょう。

でも同時に、謝らなくて済むなら謝らない人が世の中には多い、ということも含まれているのでしょう

私は以前、車にドアをぶつけられたことがあります。隣に止まった車が大きくドアを開いて、当時私が乗っていたワゴンRのドアにぶつけたのです。
その人はぶつけたことに気付いていたはずなのに、すぐにそこから逃げました。私は祖母と子供も乗せていることから追いかけたりはしませんでしたが…

近頃の出来事言えば、レンタルビデオ店やコンビニなどで人にぶつかられて私の後遺症の発作が出て左腕などが動かなくなったりした時、その相手は謝罪はおろか他の人に「お互いに歩いていてぶつかっただけだ」とウソを付きました。そのいずれでも私は立ち止まっていただけなのに。

そういう人が世の中に多いから、連絡していないのだから顔を出すことはないだろう。むしろ事故を起こしてバツが悪いし謝りたくもないだろうから、都合悪いことからは目を背けて逃げ出してしまうのが当たり前になっているから、そういう人が大勢いるから謝罪に訪れるとは思っていなかった、そういうことなんだと思います。

だから責められることもなく対応してもらったこと、ありがたかったです。

事故を起こしました

13日夜9時ころに事故を起こしました。

残業終わりの帰宅時に雪が降り始めたためいつもの山道ではなく遠回りなるが国道に抜け、ローソンで少し休んだ後に帰路へとつきました。

途中、雪風が強くなり、ホワイトアウト状態に。脇に停める場所もない為、対向車に注意しつつゆっくりと走っていたところ、道路沿いの会社の敷地に侵入していたことに気付かず、積んであったタイヤに突っ込みました。
タイヤに気付いた時にはもう10mもなく、ブレーキを踏むも滑って止まらずにぶつかり、積んであったタイヤが一部崩れ、車の左ライトが陥没しました。

そこで任意保険と警察に連絡。
自走可能状態でしたが事故当時はまだ風雪で見通しが悪く、破損部分もライトだった為に大事をとってレッカーを呼び、レッカーが来る前に警察が到着。
状況を説明しドライブレコーダーの動画も見せ、免許証や車検証、自賠責を確認される。
敷地内だったからなのかなんなのか点数や罰金等はなく、「翌日こちら(警察)からこの敷地の会社に連絡しますので、その際に連絡先等の個人情報を相手方にお知らせしますので、ご了承ください」と言われて、警察は帰っていった。

レッカー車が到着し、夜だったのでその日は車はレッカー預かり、翌日ディーラーに運んでくれることとなった。
私はというと手持ちがなくクレジットカードでタクシーで八戸まで帰ることを模索するも、その地域のタクシーは現金払いのみだったため、仕方なく八戸のタクシー会社に連絡。事情を話すとなんとか来てくれることとなった。

レッカーしてくれた会社でタクシー到着まで待たせてもらい、やってきた三八五タクシーに乗って八戸に向かうも、任意保険の規定だかで一回につき1万円まで保証、それを超えた分は自腹、ただし合計5万円まで可、と言われたため、運転手に1万円を超えそうなら一度切ってもらうことにする。
幸い1万円以内で家まで歩いていける場所まで到達したため、そこで降りて歩いて帰宅しました。

よそ見もしていないしスマホ等の操作もしておらず、30km/h程度で走行しながら事故現場からもう少し先にある広い場所で雪が収まるのを待とうとしていたところでの事故で、とても驚きました。
今のところ私の車が壊れただけですが、まだタイヤを崩した会社からは連絡がない状態です。
向こうの被害が無かったのかもしれないですが、数日待って音沙汰が無いようならこちらから訪ねていって謝罪するつもりでいます。

たまに大雪でホワイトアウトで玉突き事故というニュースを見ますが、ホワイトアウトだと本当に状況が分からないのだと痛感しました。
路上に停車していたとしても、後ろから追突されていたのではないかと思う状況です。

いずれにしても私が起こした事故なので、被害については責任を持って対応するつもりです。あの事故の経験があるからこそ、辛い思いをしたからこそ、です。

ちなみに…車同士の事故ではないため、私の任意保険の内容的には自分の車の修理は自腹です。仕方ないです。

仕事中に転んだ、その後に

仕事中に転んだ。
消毒作業中に他の機械を置いてあることに気付いていて足の感触で確認するつもりで後退していたのだが、左足に触感がなかったらしく機械に触れていることに気付かずそのまま機械の上に転倒。
幸い今日は左手が動くことが出来て手をつくことが出来、しかも手をついても発作が出なかったため、機械も壊さずケガもせずにすんだ。

私は左半身の感覚が薄い。
発作が出る箇所だけ異常に過敏だが、それ以外は触感が薄い。
圧力は分かるが、触感は薄く、温度も感じなかったり感じても数秒タイムラグがある、そんな状態だ。

この前も気付いたら左足の甲に穴が空いていた。500円玉ほど大きさで深さは2mm程だろうか。仕事着に着替える時に履いた靴下の手に伝わる感触に違和感があり、見てみたらその状態だった。
それに痛みはない。液体絆創膏を塗っても何も感じない。表面がひんやりした感じはちょっとあったかな…でも普通はとんでもない染みる激痛がくるはずなのにそれがない。
誇張抜きで左足が死んでいるのではないかと思うことがある。
事故の後遺症の治療(リハビリ?)で電気治療をする時にも、左足は感じない。指先が電気で動き始めたらやめる、そんな感じだ。

そう言えば前にテレビで、手で触った感触がある遠隔操作のマニピュレータを見たことがある。
たしか圧力と振動と温度を感じ取れれば実際い触っている感触が再現できるとか…
それを見て「私はきっと振動を感じていないんだな」と思ったのを記憶している。そういうことなのかもしれない。

とにかく、午前中に転倒したものの怪我もなく機械も壊さずに済んで良かった。

と思っていたら、午後に同僚が左肘にぶつかって左腕に発作、痺れが広がり動かなくなってきた。
そして別の同僚が左腕の外側に接触、腕は曲がらない、指先も閉じられない、腕全体が冷えて痺れと痛みで休憩を余儀なくされた。
どちらも軽く…例えるならば小さい消しゴムをヒョイと投げてぶつかったぐらいの衝撃なのだが、当たりどころが悪いとこうなってしまう。
どっちの人も悪気はなく、いやそれどころかぶつかったことすら気付いていないだろう。私は私で大げさに痛がったり騒いだりする人を気持ち悪いと思うもんだからそんなこともしないし…

悔しい。
ただただ悔しい。
加害者は起訴され裁判を受け判決を受けて刑を受ければ免罪符を得たように、許されたかのように、何事もなかったように振る舞う。
でも被害を受けた側は延々と、人によっては死ぬまで傷付けられ続ける。まるで加害者の愚行のツケの一部を被害者が背負うかのように。

ただただ悔しい。

2018年現在の治療など

現在受けている治療について。

現在八戸市内にある病院にて、月に5回ぐらい治療を受けています。
1回につき平均2時間ぐらいですかね、混み具合次第ですが1時間半~3時間ぐらい時間が掛かっています。年間60日×2時間=120時間=丸5日間、私は治療時間に費やしているわけです。

受けている治療は…事故の直系のものだけで…またざっくりした名称ですが、痛み止めの注射(お尻、回数制限無し)、点滴(月5回まで)、電気6箇所、レーザー1箇所、マイクロ波2箇所、マッサージ、です。

これに加えて、痛みに耐えきれない時にはブロック注射(筋膜リリース付)を打ちます。これは1回打つと7日後でないと受けられないやつなので、私の通院ペースだと受けられるのは多くても月に3回ぐらいです。あまりに酷い時にはそれでも痛みを抑え込むこと出来ませんが…

治療費は、ブロック注射なしだと730円ぐらいかな?
ブロック注射ありだと1100円ちょっとだったか。
そのぐらいですのでだいたい月に4400~4800円。

これに飲み薬代がプラスされます。
飲み薬は7種類、痛み止めの神経の薬に末梢神経の痛みを改善するのだったり筋肉を緩める薬だったっけか、たくさん飲むので胃腸薬はもちろん入っているし、あとはなんだかんだで今は血行を良くする薬まで含めての7種類。
あとは塗り薬が2種類と痛み止めの湿布よったのが2種類加えて1ヶ月分で7000円弱か。

平均すると、治療費+薬代で月に11000円ちょい、年間135000円ぐらいですかね。
これに加えて市販の痛み止めの湿布とかも買っていますので、そこまで含めると15万円ぐらいか…

けっこう辛いです。経済的に。自分で起こした事故ならば当然と思いますが、過失ゼロなのに…ってね。

これが事故被害者としての治療等の実情です。

2018年現在の後遺症

事故から10年以上が経ちますが、後遺症は良くなった部分もあり、悪化している部分もあり、トータルでは若干悪化しています。

私の後遺症は病名で言えば「頚椎ヘルニア」だそうです。7番目だったはず。
この頚椎ヘルニア、事故後に運び込まれた八戸赤十字病院ではCTやMRIなどの検査はしてもらえず、1年ほど経ってから今通っている病院の医師が「あまりにも酷いから検査したほうがいい」ということでMRIで判明したものです。

左肘の上から小指、中指の小指側半分に掛けて常時痺れています。
首が疲れたりダメージを受けたりすると痺れが広がり痛みが生じ、動かせなくなります。逆も然りで、左腕のダメージが首に影響を与えます。
それ以外では首の痛み、左肩の痛み、左脇腹の痛みなどが事故翌日から発生しており、今も続いています。左脇腹などはヘルニア下の箇所的にも発生しないはずなのですが、事実として痛みがあり、また首の悪化に比例して痛みも増すことから「不思議だけれども事故からの神経痛なんだろうね」と言われています。

痺れや痛み以外では、左腕や左脚が動かなくなることがあります。
左腕が動かなくなると言ってもは様々なパターンがあり、まず感覚(触覚等だけでなくフィードバックと言いますか腕が存在する感覚と言いますか…)がある場合とない場合があります。痛みや痺れすら無い場合も…というか腕が存在することが分からないようなこともあります。力はいらずダラーンとかも。
動かないのも全く感覚がなく(変な言い方ですが)腕が存在しないような状態もあれば、硬直して動かない場合や、単に力が全く入らない(腕の存在は知覚できる)なども様々です。
硬直も内側が勝つ場合(腕が曲がったまま固定)や外側が勝つ場合(反ったまま固定)、引っ張りあって激痛ありで動かない、痛覚や触覚無しで棒のようになる場合もあります。
何もしなくてもなりますし、子供が軽く触れたぐらいでもそうなることもあります。

脚はもう少しマシで、多いのは膝に力が入らず踏み出したまま踏ん張れず抜けたように倒れることです。近頃増えているのは脚が棒のように硬直し曲がらないことです。

脳梗塞の症状のようなものもあります。顔の左が歪み、ろれつが回らないなど。

とても変わったところでは、体温がおかしいことが上げられます。
冬場は左側の体温が下がります。右脇で計ると35度の時(元々高くはないんです、冬場は)、左脇では33度とか…今までで一番酷い時には31度という時もありました(その時も右は35度)。
ところが夏場には逆になり、右脇36.5度の時に左脇39度超え、とかになります。
どうも左半身の血行が悪いらしく、左腕、左脚、胴体も左側だけが冬場冷えます。夏場は熱を持ちます。

ついでに、気温がわかりません。熱さ冷たさはわかるし身体も温度変わるので感じていないのはおかしいのですが、暑さ寒さはわかりません。

あとなぜか、意識は失いません。失ったとするならば事故直後だけね。

それ以外では、左半身に大きな怪我をするとその痛みだけがいつまで経っても残ります。ずっとです。

どうも左側の神経なりに異常があるのではないかと言われていますが(そもそも左半身だけ体温がおかしいって聞いたことがない)、なんとか薬漬けで無理やりかろうじて生活出来ているので…というかこれ以上医療費掛けると生活すら立ち行かなくなるので、調べられていない現状です。

10年前の今日

10年前の今日、私は交通事故に遭いました。

2008年3月17日午後4時40分ごろ、場所は八戸市城下の国道45号線上でした。当時はまだありませんでしたが、今はくら寿司があります。その眼の前の道路が事故現場でした。

以前、同じタイトルのブログを作り、この事故に関して書き始めたことがあります。
しかし精神的な辛さなどで、続けることが出来ませんでした。

でも、また書き始めようと思います。

先日、あの時の事故の新聞記事を八戸市図書館で探し、初めて読みました。
事故の翌日となる2008年3月18日(火)付のデーリー東北朝刊の23面にその記事はありました。

それはテレビ欄の裏側の紙面の下方にわずか11行、119文字載っていただけでした。

この記事からは、あの時にあったことの多くは知り得ません。実際には当然、もっとたくさんのことがあったのです。
それをまず伝えたいと、そう思いました。

そして何より、悔しいのです。
加害者は警察の取り調べを受け、裁判に掛けられ、判決を受ければ終わりかも知れません。
でも私の事故被害は今でも続いています。

私は事故から10年たった今でも後遺症で通院しています。
1日に7種類、計18錠の薬を飲んでいます。動けなくなるほどの痛みを緩和するためのものです。
年に60回超、120時間超の時間を通院・治療に割いています。
医療費は年間13万円を超えます…市販薬も含めると16万円ほどでしょうか。
私の事故の後遺症は完治することなく、少しずつ悪化しています。

これらが無かったことにされるのは、正直悔しいです。

だからやはり、また書き始めようと思います。

悔しさを吐き出すためだけではなく、この事故のことを知った人が少しでもいてくれることで、回避できる事態もあるはずだと信じながら。