2018年現在の治療など

現在受けている治療について。

現在八戸市内にある病院にて、月に5回ぐらい治療を受けています。
1回につき平均2時間ぐらいですかね、混み具合次第ですが1時間半~3時間ぐらい時間が掛かっています。年間60日×2時間=120時間=丸5日間、私は治療時間に費やしているわけです。

受けている治療は…事故の直系のものだけで…またざっくりした名称ですが、痛み止めの注射(お尻、回数制限無し)、点滴(月5回まで)、電気6箇所、レーザー1箇所、マイクロ波2箇所、マッサージ、です。

これに加えて、痛みに耐えきれない時にはブロック注射(筋膜リリース付)を打ちます。これは1回打つと7日後でないと受けられないやつなので、私の通院ペースだと受けられるのは多くても月に3回ぐらいです。あまりに酷い時にはそれでも痛みを抑え込むこと出来ませんが…

治療費は、ブロック注射なしだと730円ぐらいかな?
ブロック注射ありだと1100円ちょっとだったか。
そのぐらいですのでだいたい月に4400~4800円。

これに飲み薬代がプラスされます。
飲み薬は7種類、痛み止めの神経の薬に末梢神経の痛みを改善するのだったり筋肉を緩める薬だったっけか、たくさん飲むので胃腸薬はもちろん入っているし、あとはなんだかんだで今は血行を良くする薬まで含めての7種類。
あとは塗り薬が2種類と痛み止めの湿布よったのが2種類加えて1ヶ月分で7000円弱か。

平均すると、治療費+薬代で月に11000円ちょい、年間135000円ぐらいですかね。
これに加えて市販の痛み止めの湿布とかも買っていますので、そこまで含めると15万円ぐらいか…

けっこう辛いです。経済的に。自分で起こした事故ならば当然と思いますが、過失ゼロなのに…ってね。

これが事故被害者としての治療等の実情です。

2018年現在の後遺症

事故から10年以上が経ちますが、後遺症は良くなった部分もあり、悪化している部分もあり、トータルでは若干悪化しています。

私の後遺症は病名で言えば「頚椎ヘルニア」だそうです。7番目だったはず。
この頚椎ヘルニア、事故後に運び込まれた八戸赤十字病院ではCTやMRIなどの検査はしてもらえず、1年ほど経ってから今通っている病院の医師が「あまりにも酷いから検査したほうがいい」ということでMRIで判明したものです。

左肘の上から小指、中指の小指側半分に掛けて常時痺れています。
首が疲れたりダメージを受けたりすると痺れが広がり痛みが生じ、動かせなくなります。逆も然りで、左腕のダメージが首に影響を与えます。
それ以外では首の痛み、左肩の痛み、左脇腹の痛みなどが事故翌日から発生しており、今も続いています。左脇腹などはヘルニア下の箇所的にも発生しないはずなのですが、事実として痛みがあり、また首の悪化に比例して痛みも増すことから「不思議だけれども事故からの神経痛なんだろうね」と言われています。

痺れや痛み以外では、左腕や左脚が動かなくなることがあります。
左腕が動かなくなると言ってもは様々なパターンがあり、まず感覚(触覚等だけでなくフィードバックと言いますか腕が存在する感覚と言いますか…)がある場合とない場合があります。痛みや痺れすら無い場合も…というか腕が存在することが分からないようなこともあります。力はいらずダラーンとかも。
動かないのも全く感覚がなく(変な言い方ですが)腕が存在しないような状態もあれば、硬直して動かない場合や、単に力が全く入らない(腕の存在は知覚できる)なども様々です。
硬直も内側が勝つ場合(腕が曲がったまま固定)や外側が勝つ場合(反ったまま固定)、引っ張りあって激痛ありで動かない、痛覚や触覚無しで棒のようになる場合もあります。
何もしなくてもなりますし、子供が軽く触れたぐらいでもそうなることもあります。

脚はもう少しマシで、多いのは膝に力が入らず踏み出したまま踏ん張れず抜けたように倒れることです。近頃増えているのは脚が棒のように硬直し曲がらないことです。

脳梗塞の症状のようなものもあります。顔の左が歪み、ろれつが回らないなど。

とても変わったところでは、体温がおかしいことが上げられます。
冬場は左側の体温が下がります。右脇で計ると35度の時(元々高くはないんです、冬場は)、左脇では33度とか…今までで一番酷い時には31度という時もありました(その時も右は35度)。
ところが夏場には逆になり、右脇36.5度の時に左脇39度超え、とかになります。
どうも左半身の血行が悪いらしく、左腕、左脚、胴体も左側だけが冬場冷えます。夏場は熱を持ちます。

ついでに、気温がわかりません。熱さ冷たさはわかるし身体も温度変わるので感じていないのはおかしいのですが、暑さ寒さはわかりません。

あとなぜか、意識は失いません。失ったとするならば事故直後だけね。

それ以外では、左半身に大きな怪我をするとその痛みだけがいつまで経っても残ります。ずっとです。

どうも左側の神経なりに異常があるのではないかと言われていますが(そもそも左半身だけ体温がおかしいって聞いたことがない)、なんとか薬漬けで無理やりかろうじて生活出来ているので…というかこれ以上医療費掛けると生活すら立ち行かなくなるので、調べられていない現状です。

10年前の今日

10年前の今日、私は交通事故に遭いました。

2008年3月17日午後4時40分ごろ、場所は八戸市城下の国道45号線上でした。当時はまだありませんでしたが、今はくら寿司があります。その眼の前の道路が事故現場でした。

以前、同じタイトルのブログを作り、この事故に関して書き始めたことがあります。
しかし精神的な辛さなどで、続けることが出来ませんでした。

でも、また書き始めようと思います。

先日、あの時の事故の新聞記事を八戸市図書館で探し、初めて読みました。
事故の翌日となる2008年3月18日(火)付のデーリー東北朝刊の23面にその記事はありました。

それはテレビ欄の裏側の紙面の下方にわずか11行、119文字載っていただけでした。

この記事からは、あの時にあったことの多くは知り得ません。実際には当然、もっとたくさんのことがあったのです。
それをまず伝えたいと、そう思いました。

そして何より、悔しいのです。
加害者は警察の取り調べを受け、裁判に掛けられ、判決を受ければ終わりかも知れません。
でも私の事故被害は今でも続いています。

私は事故から10年たった今でも後遺症で通院しています。
1日に7種類、計18錠の薬を飲んでいます。動けなくなるほどの痛みを緩和するためのものです。
年に60回超、120時間超の時間を通院・治療に割いています。
医療費は年間13万円を超えます…市販薬も含めると16万円ほどでしょうか。
私の事故の後遺症は完治することなく、少しずつ悪化しています。

これらが無かったことにされるのは、正直悔しいです。

だからやはり、また書き始めようと思います。

悔しさを吐き出すためだけではなく、この事故のことを知った人が少しでもいてくれることで、回避できる事態もあるはずだと信じながら。