10年前の今日、私は交通事故に遭いました。
2008年3月17日午後4時40分ごろ、場所は八戸市城下の国道45号線上でした。当時はまだありませんでしたが、今はくら寿司があります。その眼の前の道路が事故現場でした。
以前、同じタイトルのブログを作り、この事故に関して書き始めたことがあります。
しかし精神的な辛さなどで、続けることが出来ませんでした。
でも、また書き始めようと思います。
先日、あの時の事故の新聞記事を八戸市図書館で探し、初めて読みました。
事故の翌日となる2008年3月18日(火)付のデーリー東北朝刊の23面にその記事はありました。
それはテレビ欄の裏側の紙面の下方にわずか11行、119文字載っていただけでした。
この記事からは、あの時にあったことの多くは知り得ません。実際には当然、もっとたくさんのことがあったのです。
それをまず伝えたいと、そう思いました。
そして何より、悔しいのです。
加害者は警察の取り調べを受け、裁判に掛けられ、判決を受ければ終わりかも知れません。
でも私の事故被害は今でも続いています。
私は事故から10年たった今でも後遺症で通院しています。
1日に7種類、計18錠の薬を飲んでいます。動けなくなるほどの痛みを緩和するためのものです。
年に60回超、120時間超の時間を通院・治療に割いています。
医療費は年間13万円を超えます…市販薬も含めると16万円ほどでしょうか。
私の事故の後遺症は完治することなく、少しずつ悪化しています。
これらが無かったことにされるのは、正直悔しいです。
だからやはり、また書き始めようと思います。
悔しさを吐き出すためだけではなく、この事故のことを知った人が少しでもいてくれることで、回避できる事態もあるはずだと信じながら。