救急車到着、病院へ

最初にパトカーが到着したのは事故が起こった車線とは反対側だった、と記憶している。
事故現場は国道のT字路交差点の近くで中央分離帯もあり、通過した1つ前の交差点からも300m以上…そこを埋め尽くすように車が並んで渋滞が発生していた。逆走せずに現場に近づくにはそれしか無かったのだと思う。

警官がきて加害者や被害者に事情を聞く…もちろん私にも。
私は「信号待ちで停止していたら突然衝撃があった」と答える。
前の車に追突したか聞かれたが「分からない」と答える、事実、衝突したかどうかの記憶がないのだ。ヘコんでいるのだから追突していないはずはないのだが、私にはその記憶がない。
そしてこの状況はどうなっているのかを警官に聞くと、6台玉突き事故だと教えられた。

すぐに救急車がくると言われ、車中の荷物を取りだす。仕事に行く時に必要なものと郵便局の不在通知を手に取り、ついでに眼鏡も探してみる。やはり見つからない。他にも見つからないモノが1つ2つある。
仕方がないので車から出ようとした時に、運転席のシートが倒れたままであることが気になった。
何気なく戻そうとレバーを操作するが戻ってこない。手で背もたれを起こしてもまた後ろへと倒れていく。繋ぎ目か何かが壊れているようだ。

少しして救急車が到着した。ただし、T字路の交差点を逆走する形で入ってきた。渋滞はまだまだ解消されてはいないのだからそれしかないのだろう。
負傷者は2台の救急車に分けられた。私と一緒に乗った2人の内、1人は私の後ろの車(加害車両により横に弾き飛ばされた車)のドライバーで、もう1人が例のパニックを起こしていた男、加害者だ。加害者であることは病院に着いてからも再確認したが、間違いないようだった。

この時、私は軽傷扱いだったらしいことを、後日警察官や医師などの発言から知ることとなる。なぜそのようになったのか理由はわからないが…

救急車はなかなか走り出さない…受け入れ先の病院が決まらないようだった。
しばらくして「日赤病院に向かう」と隊員の声がした。それに仕方なく頷いたのは、日赤病院(八戸赤十字病院)が地元ではあまり評判が良くない病院であり、加えて私自身がその病院で嫌な思いを2度していたからだ。
だがこの状況ではどうにも出来ない、とにかく首と腕が痛くて痛くてたまらない。とにかく少しでも早く楽にさせて欲しい。

救急車は動き出す。

車中、順番に心拍計(脈拍?)のようなものなどを付けられる。そして隊員が「具合が悪くなったら言って下さい」と声を掛けられる。特に吐き気などは必ず言うように、とのこと。
私は乗り込んだ時に酷い痛みがあっただけだったが、救急車が走り出すとすぐに具合が悪くなり隊員に告げた。
吐き気が酷い…目眩で座っているのも辛い…
隊員に「もうすぐ病院ですから」と励まされ、ただただ痛みと吐き気と目眩を我慢する。

救急車はようやく病院に到着した。

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