新しい病院選ぶことに…

3月17日の交通事故で八戸赤十字病院に運ばれて以来、私は医師に一番の軽症と言われ続けて事故翌日から現れている症状も否定され、ろくに治療も検査もしてもらえないままでいた。ただただその状況に耐えていた。
今思えば違う病院に行けば良かったのだろうが、当時の私はおそらく心身共にだけでなく、頭の回転まで衰えていたのではないかと今では思っている。想像以上のダメージを負っていたのかもしれない。

症状はまず痛いのだ。
とにかく痛いのだ。

痛みが酷すぎて食事もトイレも不自由。何かを手にするにも動きに制限があり、歩くにも辛い。
左腕はさらに動かなくなり痺れが広がり痛みが増し、肘は90度どころか45度も曲がらない。なぜか真っ直ぐに伸ばすのも辛くて、自然に30度ほど曲げた状態になる。そしてひねるのが難しい。左ではドアノブをまわせない。そもそも握力もだいぶ弱くなっており、ドアノブを掴めないこともある。
小指と薬指の半分(真ん中から線でもひいたように小指よりの半分)が肘の上まで強く痺れている。左腕全体の痺れはそこから広がっているようにも感じる。
いきなり左腕が何も感じず動かなくなることがある。痛みとかどころか感覚すべてが無くなり、左腕の存在が分からなくなるのだ。目で見ないと生えているのかも不安になるほど、痛みも何もかも感覚がなくなる…力を込めるとかそういうことが、意識からも抜け落ちる…本当に私の中から左腕がいなくなる…痛みも痺れさえも無くなり、本当に腕が無くなっているように感じるのだ。

首の左側と左肩、左脇腹は激痛があり、深く息が吸えない。首は左にはまったく回らず、右にも30度ほど回すのがやっと。上下にもほとんど動かせない。あと時々左膝が抜ける症状(力が入らなくなり自分で動かせなくなる)も出てきた。
茶碗を持ってもすぐ落とす、500mLのペットボトルも左では持てない、蓋もあけられない。ドアノブも左では回せず、運転中にいきなり左腕が動かなくなっていて、しかもそれにも何も気付かずハンドル丸回そうとして歩道に突っ込みそうになる。階段で左膝がいきなり抜けて階段を落ちる。例を上げたらきりが無い。

このままではもう何もかも出来なくなるのではないかという不安の中、教職員共済から電話があった。

教職員共済「おかげんはいかがですか?」
私「もうダメです…診察はしてもらえない、軽症と言われるばかり、でも痛みが酷くて動けなくなって…どうすればいいですか?」
教職員共済「あぁ…そうですか…でもなんで違う病院行かないんですか?」
私「違う病院?」
教職員共済「はい、そうです。違う病院で診てもらわないんですか?」
私「違う病院で観てもらう…そんなことしてもいいんですか?」
教職員共済「もちろんです」
私「なんでそれを早く言ってくれなかったんですか?」
教職員共済「え…いや…知ってると思って…」
私「あなたは何度も交通事故に関わっていて詳しいから知ってるでしょうけど、こちらは初めて事故に遭ったんですよ?交通事故とかわざわざ知ろうとする趣味もないし、それで分かってるとなぜ思うんですか?」
教職員共済「いや…すみません…分かっていると思って…」
私「そもそも何も説明してくれませんでしたよね?」
教職員共済「いや、それはその時その時で必要な事をお伝えしようと思いまして…」
私「事故に遭って体悪くしている今はその時ではないんですか?」
教職員共済「はい…ですから今、違う病院をと…」
私「最初にどうして言ってくれなかったんですか?もう事故から2週間以上経っていて、まともに相手もしてもらえず治療もしてもらえずに…」
教職員共済「分かりました。新しい病院に行きましょう。私の方で探してもよろしいですか?」
私「…いえ、自分で探したいです」
教職員共済「分かりました…では決まったら連絡してくださいますか?こちらから話を通せば支払いは全てこちらに来るようにできますから」

このようなやり取りで、私は新しい病院を探すことになった。
事故から2週間以上経ち、4月となっていた。

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